R氏の本棚

日々の読書記録

街が、息づいているー大阪/岸政彦・柴崎友香

大学に入るために大阪にやってきてそこで社会学者となり仕事をし暮らし続けている岸。大阪で生まれ育ち学校を出て作家になり大阪を出た柴崎。それぞれがそれぞれの「大阪」について交互に書き継いできたエッセイをまとめた本である(もとは雑誌『文藝』2019~2020の連載)。文章はとても読みやすくするすると入ってくるのだが、一気には読めなくて、一章ずつ読み継ぐようにして読んだ。

一気に読めなかったのは、そこに、大阪という街が、濃密に「生きている」からだ。仕事がらみで行ったことはあるけれどほぼ知らない街が、そこに住む友人に連れられて歩いているように、具体的な手触りをもって感じられる。街の片隅や裏道、家々のたたずまい、そんな細々としたものを、ふだん地元を歩いている時と同じように味わいながらゆっくりと読む。

近くに縦横に運河が走る町の団地や、だだっぴろい淀川の河川敷や、中学生が自転車で行く繁華街、高校生が今どきの文化に触れる映画館や、夜のタクシーでささやかれる「あそこらへん、あれやろ」という悪意や、そんな諸々の重層の中に、阪神大震災が襲いかかり、今は新型コロナウイルスが覆っている。その30数年の間に、街は少しずつ沈み、「維新的なもの」が浸透し、それでも「昔は良かった」と嘆くのではなくやはりこの人たちは大阪が好きなのだ。

読みながら自分自身の育った「東京」の細部を思い起こしたりもしていた。その地方の中心的な大都市であることや、一方向に海(港)を持ち川の多い街であることや、大阪と東京には似たところも多い。ごみごみしてうるさくてせわしなくてうんざりすることも多いけれど、その東京が私は好きだ。そしてそれは「故郷」という、郷愁を伴った感覚とは少し違う。同じような、街との距離のもちかたを、この本からは感じる。私にとってはそれが心地よい。

大阪よりずっとだだっ広く、大きくなっている東京が、このように書かれることはあるだろうか?「花の東京」と持ち上げられるのでも、「東京の馬鹿野郎」と一方的な怨みをぶつけられるのでもない、普通に人が生まれ育ち暮らしている「東京」が。

河出書房新社/2021年

大阪