R氏の本棚

日々の読書記録

今現在を見ているようーエピデミック/川端裕人

(ネタバレあります)

房総半島南部の町(おそらく館山がモデル)で、謎の感染症が拡がる。町なかで突然倒れた男。流行期を過ぎているのに次々と小児科医院を訪れるインフルエンザ様の症状の子どもたち。季節性インフルエンザ抗原陽性の患者もいるが、インフルエンザにしては若年層でも肺炎を起こして重症化するところが不自然だ。SARSなのか?新型のインフルエンザ?あるいは未知の感染症?正体を究明すべく現地に赴いたフィールド疫学者・島袋ケイトと現地の病院の勤務医高柳、島袋の同僚仙水と先輩の棋理、上司の御厨が中心となって物語が展開されていく。

2007年に単行本、2009年に文庫化された小説だが、新型コロナウイルスパンデミックという状況を受けて緊急復刊された。実際、10年以上前に書かれたとは思えないほど、現在進行形の事態と似通っている。感染症対応の第一線に立たされた病院と医療者の苦悩と奮闘、医療に不信を抱く患者家族、ネタに群がるマスコミ、対策や情報公開をめぐる政治的駆け引き、社会に拡がる漠然とした不安、感染多発地域への偏見と排除…

「疫学探偵」という言葉が出てくるが、「時間・場所・人」について得られた証拠を組み合わせ、感染の「元栓を締める」べく感染源感染経路を特定していく疫学者たちの作業は、確かに探偵のよう。その過程で、仮説が立てられ棄却されることが繰り返すのだが、疑われる要因が報道されるたびに過剰な忌避が起きるのは、現実に何度も見る光景で、これはいったいどうしたらよいのだろう?と思う。

不安に揺れる地域には怪しげなカルト集団の根拠地があったりもして、感染経路の追求は困難を極め、読者も混乱し右往左往させられる。一方地域に根ざした小児科医院は、院長が病に倒れた後もたしかな日常を支える拠点にいつの間にかなっていて、科学という武器で戦う疫学者たちとは異なる方向からの戦いの場ーむしろ護りの場というべきかもしれないがーがそこにはある。不穏な物語の中で、そこがひとつの救いにもなっている。

終盤、地域の感染は終息する。何人もの死者が積み重なったが奇跡的に重症から回復した人もいる。そしていくばくかの謎と不安の種を残して物語は終わる。冒頭から結末まで、息つく間もなく読み終えた。

集英社文庫/2020年(単行本2007年/2009年角川文庫)

エピデミック (集英社文庫)