R氏の本棚

日々の読書記録

あなたはここに何を読むかーかがみの孤城/辻村深月

ネタバレあります!

 

いじめがきっかけで不登校になった中学生、こころは、ある日光り始めた自室の鏡を通って異世界にたどりつく。そこには奇妙な城とオオカミの仮面の少女、そして同年代の少年少女たちがいた…

ナルニア国物語を彷彿とさせるような(実際物語の中で主人公自身が連想している)異世界ファンタジーの道具立てである。ただし、ここに出てくるのは剣と魔法ではなく、それぞれの日常の延長だ。そして、異なる背景をもっている(らしい)少年少女たちが、ときに軋轢を生じながら徐々に関係を築き、紆余曲折しながら、オオカミ少女から与えられた「来年の3月30日までに秘密の部屋の鍵を探す」という課題のクリアに向かっていく。

主人公の心理描写が繊細でリアルである。両親への罪悪感と反発、いじめが始まる前のごく短期間だけ許されていた楽しい時間への渇望。中でも級友たちが自宅におしかけてきた場面の恐怖は、読んでいるこちらまで鳥肌が立つ。また、異世界での少年少女たちの対立や反発、互いを知っていく中での妥協や仲直りの過程も丁寧で説得力がある。

途中までは、辻村作品にしてはわかりやすすぎるというか、低年齢層向けなのかなあと思いながら読んでいたが、文庫上巻の終盤になって物語が大きく捩れているのに気づく。これは単純な異世界ものの構造ではないのではないか…?

文庫下巻、互いの協力関係を構築し始めた少年少女たちは、1月のある日、現実世界で会うことを約束する。しかしお互いに会うことはできず、そのことから、それぞれの現実世界とこの異世界との関係そのものの謎に気づき、これが物語の大きな転換点になる。一方、同時並行的に、主人公の現実世界では友人のひとりとの関係が修復されはじめる。結果的にこのことが、偶然にも破滅的な最後から主人公を免れさせ、その時最終課題は「仲間たちの救出」に転換している。この二転三転する構造とそこからの展開のスピードは、前半のテンポとは大きく違っている。

ラストですべての謎は明かされ、人間関係の辻褄もあっていくのだが、正直ここまで種明かしせずに読者にまかせてもいいのではないか、という気はする。

ひとりの少女の「行きて帰りし物語」でもあるが、視点を変えればこれはタイムパラドックスを逆手にとった物語(過去のある時点にいた人を助けたことで現在の自分が助けられる)でもある。不登校とひとくちに言っても様々な背景があるという物語でもあるしトラウマからの回復の物語でもある。読み手によって様々なものが読み取れる物語でもあると思う。

ポプラ文庫/2021年(単行本は2017年/ポプラ社

かがみの孤城 上 (ポプラ文庫)

かがみの孤城