R氏の本棚

日々の読書記録

問い続けられている問いーWHAT IS LIFE? 生命とは何か/ポール・ナース著/竹内薫訳

本書で何が書かれているか、それは端的にまえがきに記されている。

生命って、なんなんだろう?

私は人生を通じてこの問題を考えてきたが、 満足のいく答えは簡単には見つからない。意外かもしれないが、生命についての標準的な定義などないのだ。それでも、科学者たちは年月をかけ、この問題と格闘してきた。

著者は細胞周期に関する研究でノーベル医学生理学賞を受賞した生物学者であり、まさに生物学史を創ってきた一人である。本書は「生物学の教科書」というよりむしろ、「生物学史の担い手自身によって書かれたリアル生物学史の書」と呼んだほうがよいように私には思われる。

第一章は細胞説の成立と「細胞とは何か」の解説、第二章は遺伝子の発見とその構造と働き、そして著者自身の発見について、第三章は自然淘汰と進化のしくみ、さらに細胞周期を制御するcdc2(著者が発見した遺伝子)が酵母からヒトまで共通しているらしいこと、第4章は酵素の発見譚に始まり生命体の中で起きている様々な化学反応とその制御について、第5章は生体内での情報伝達とその調節に関する研究の進展…古今の科学者たちのエピソードをひきつつ、それぞれの項目について的確に整理され、実にわかりやすく書かれている。それぞれ決して長い章ではないので、当然少し専門に足を踏み入れた人にとっては「もう少しつっこんで説明してほしい」ということになろうが(私も思ったが)、入り口に立たせてくれるという意味ではこれ以上のものはなかなかないのではないかと思う。

最後の二章はいわば「現在に残された問題」とでも言おうか。著者自身、「生命とは何か」の回答を出しているわけではない(暫定的なものは提示されている)。生命倫理にかかわるところなどは課題の存在が指摘されているのみで深入りはしていない。第一線の生物学者として、現代の世界が抱える諸課題に対してまだまだ科学が肯定的な貢献ができるという楽観を示しているが、社会への適用については「社会全体での議論」の必要性を強調する。そこでの科学者の役割は「恩恵と危険性と起こりうる障害をはっきり説明」することだ。

「生命とは何か」という問いは、著者自身が、そしてすべての科学者が今も問い続けている問である。その問いがどのように問われてきたか、今後どのように問われていこうとしているのか、あるいはいくべきなのか。著者が投げかけているのは答えではなくさらなる問いであり、問うことへの誘いであるのだと思う。

なお翻訳はたいへん読みやすい。

ダイヤモンド社/2021年

WHAT IS LIFE?(ホワット・イズ・ライフ?)生命とは何か